メリー・クリスマス

最終バスに乗り寝過ごしてしまわないように眠気をこらえていると、とあるバス停で男が携帯電話で通話しながら乗ってきた。バスは比較的すいていて、普段なら座れないような区間にもかかわらず悠々と優先席に座った。空いているとはいえ、優先席以外にはすべて先客がいたのである。男は通話をやめず、楽しそうな顔をしながら話を続けていた。私はiPhoneで音楽を聞いていたせいもありその話し声は全く気にならなかったのだが、それがなければ気になって気になってずっとその会話に聞き耳を立てていたに違いない。男も男で、よくもまぁ全く知らない他人に聞こえるような状況で電話をするもんだ。年の頃40手前の働き盛り、ちょっと高圧的な営業職風の男である。私は自分の馬鹿がバレると嫌なので公共の乗物の中では押し黙るのが好きである。ともかくも、この男はバスの中だということを全く気にする様子もなく通話を続けた。

そうこうしながら二つ三つ先のバス停で停車すると、乗客がひとり立ち上がって男に近づいた。私は後ろ姿しか見てないが、小柄で、その外套から判断して50近いと思しき紳士。


「コラッ! ◯×△■※☆¶! マナーだろッ!」


そう言うと降車口に歩いて行き、半分降りたところで男を指さし、


「◯×△■※☆¶!」


音楽を聞いていたので何を言っているのかよくわからなかったが、まぁそういうことだ。よくある話である。乗客はバスから降りるところだ。これから数分とはいえ一緒に乗り続けるのだとしたら、こら!はお互いに居心地が悪いだろう。降りる時だから言い逃げできるのだ。


『はぁ!? はぁ!? はぁ!? あぁ? あぁぁぁん!?』


私の興味を引いたのは言われた男の方である。これじゃガラの悪い中学生だ。いい年して。しかも、なんだかすごく嬉しそうに見える。これを見て降りかけた乗客が戻ってきた。客が半端なところに立ってるからバスは発車できない。乗客が表へ出ろとばかりに下から手招き*1すると、言われた男はますます嬉々として


『おーっしゃ、警察行こか? 警察行こか?』


と、乗客を追いかけてバスを降りた。車内は凍り付いていた。バスはしばらく止まっていたが、やがて何事もなかったかのように動き出した。おそらく運転手の視界から消えてしまったのだろう。

男はそんなにストレスを発散したかったのだろうか。憎い上司に似た年の男をやり込めないと気が済まないとか、なんか勝てる気がしたのか。昔のガラの悪い中学生の頃を思い出して若返ったのか。酔ってるふうでもないのにあそこまでテンションが上がるとは、どうでもいいけど迷惑なので関わりたくないタイプの男であった。


でもそんなあなたにもメリー・クリスマス。

*1:おいでおいで、ではなく「カモーン」